今津のオヤジのつぶやき

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Posted by 滋賀咲くブログat

COP17・日本の京都議定書からの離脱に思う

2011年12月16日

 南アフリカで開かれていた気候変動枠組み条約締約国会議(COP17)は、京都議定書の温室効果ガス削減義務を2013年以降も延長し、すべての国が参加する新体制を2015年までに決めるとした「ダーバン合意」を採択して閉幕したとの報道があった。
 しかし、我がニッポンは、「中国に削減義務がなく、米国が依然京都議定書を批准していないので、削減につながらない」と、まるで他人事のような理由から、京都議定書に基づく削減義務延長への参加を拒否、ロシア、カナダとともに、恥知らずにも、自ら議長国として決めた京都議定書からも離脱してしまうという愚挙を演じてしまった。

 ニッポンの愚かな振る舞いをよそに、会合は当初から、「途上国」であることを理由に、あくまで削減義務から逃れたい、今や二酸化炭素排出国第1位の中国やインドなど新興国と、新体制に加わる条件として「新興国にも同等の削減義務を負う」ことを主張するアメリカ、それに対して、「自主的な削減ではダメで、削減義務のある法的枠組みが必要だ」とするEU連合との間で緊迫したやりとりの中で行われた。

 結局、史上初会期を1日半延長、議長国南アフリカのヌコアナマシャバネ議長がこのまま決裂させる訳にはいかぬと、「世界の利益のために、皆さんは今、歴史的な瞬間にいる」と、会議でなく“ひざ詰めで話し合い”何としても決着させようとサインを送り、会議場の真ん中で、EU、米国、中国などの各国代表が集まり、異例の協議が行われ、ついに「史上最長のCOP」が決着し、「京都」から「新体制」に進む道筋をつけることができたということだ。

 この間、日本政府の交渉官は全くカヤの外で、各国代表の真剣なひざ詰め談判を、遠巻きに眺めているだけだったと言う。なんとも情けない、日本人としてほんとうに恥ずかしい!
 議長国として自ら決めた京都議定書からも離脱してしまった日本政府の態度は、地球温暖化防止のための削減義務を最高レベルの国際会議の場で放棄し、かつ、温暖化防止など本気で考えてはいないと、宣言したに等しいと私は思う。まさしく恥ずべき態度と言うべきである。

 今後、日本政府は、地球温暖化交渉の国際会議において、常にカヤの外におかれ、孤立することになることは間違いない。
 また、日本政府が取った態度に対して、日本鉄鋼連盟や経団連などからは、早速、「削減義務から離脱することを評価する」とのコメントが出されたとのことだが、まったく、恥の上塗りというべきと言う他ない。

 世界全体の利益を考えず、実効性のある具体策を何ら示さず、できない理由ばかりを並べ、自らの利益しか考えない無責任な態度を取り続けるならば、世界から呆れられ、いずれ見放されることになるだろうと私は思う。
 重要問題を何ひとつまともに解決できず、とにかく先送りする。リーダー不在の国ニッポン。
 未曾有の震災と原発事故に見舞われ右往左往、そして今、破裂寸前の財政危機に直面しようとしている。もう先送りは許されない。いったいこの国はどこへ向かおうとしているのか?

 間もなく2012年の幕が開く。激動と混沌の時代の幕が開くのではないかという気がしてならない。



Posted by 陽ちゃんat 22:45Comments(0)環境問題

温暖化防止「COP16」が開催される

2010年12月01日

 11月29日から、「国連気候変動枠組み条約第16回締約国会議・COP16」が、メキシコ・カンクンで始まった。今回は昨年、コペンハーゲンで開催された「COP15」で、アメリカ・オバマ政権が「地球温暖化問題」で国際交渉の場に復帰したにも拘らず、合意が持ち越された中で、先進国と途上国の間で、2013年「ポスト京都」以降の温暖化防止のための温室効果ガス削減目標について、「合意」を勝ち取れるかどうかが最大の焦点である。

 温室効果ガスの削減目標を先進国だけに義務づけた、いわゆる「京都議定書」の約束期間は2012年だが、「議定書」で決めた1990年時の世界のCO2排出量は、先進国が全体の66%を占め、中国をはじめ途上国は31%と先進国の半数以下であった。しかし、2009年では、世界最大の排出国が、米国を抜いて中国が取って代わり、途上国の排出量も、先進国を抜いて50%越えてしまったのだ。
 むしろ、前回の投稿記事で述べたとおり、経済不況の影響で、先進国が図らずも、軒並みCO2の排出量を減らし、世界全体で前年度比-1.3%とはじめて減少した。
 逆に中国の8%、インドの6.2%と途上国というより、目覚ましい経済成長を続ける「新興国」は大幅に増加したのだ。今後も、この傾向は続くと見られる。つまり、立場はすでに逆転しているということである。

 しかし、GDPで日本を抜き世界第2位に躍り出ただけでなく、CO2の排出量では世界最大の排出国になった中国は、未だに「発展途上国」といい、温室効果ガス削減目標の義務付けに反対し続けているのだ。
このまま交渉が進まず今回も決裂するようであれば、「ポスト京都」いわゆる、2013年以降の温暖化対策に「空白」が生じることになりかねない。

 先の「国連生物多様性枠組み条約第10回締約国会議」と同様に、温暖化対策で足踏みしている時間などないのだ。加速しはじめた温暖化をなんとしても食い止めるためには、先進国と途上国の一致した取り組みが必要だ。
 「閾値」(限界地)を越えてしまうともう、打つ手がなくなるのだ。その「閾値」はもう目前に迫っていると私は思う。

 「国連生物多様性枠組み条約第10回締約国会議」で議長国として、「名古屋議定書」の合意で役割を果たした日本が、今回のCOP16でも果たすべき役割は大きいと思う。日本代表の奮闘努力に心から期待したい。



Posted by 陽ちゃんat 00:30Comments(0)環境問題

’09年世界のCO2の排出量1.3%の減、日本11.8%の減

2010年11月23日

 昨年の世界の二酸化炭素・CO2の排出量について、米英仏などで構成する国際研究チームの調査結果についての論文が、21日付け英科学誌ネイチャー・ジオサイエンス(電子版)に発表された。
 それによると、2009年に世界で排出されたCO2は308億トンで、2008年に比べて、1.3%の減少という。世界全体の排出量が減少するのは21世紀に入ってからはじめてのことだ。

 論文によると、日本で11.8%の減少したのを筆頭に、英国8.6%、ロシア8.4%、ドイツ7%、米国6.7%、それぞれ減少したという。その要因は、皮肉なことに、世界的な不況の影響を受けたためとのことだ。
 しかし、先進国での減少が高い一方で、中国(8%)、インド(6.2%)などの新興国では増加した。経済成長率と二酸化炭素の排出量はまさに、正比例しているということである。
 ものが売れなければ、企業は生産を落とす。生産を減らせば、生産にかかるエネルギーの消費も減り、CO2の排出も当然減少する。
 私たちの日常生活においても同様に、収入が減れば当然、消費を減らしできるだけ支出を抑える。そうすれば、自ずとCO2の排出が減るということになる。
 世界的な不況が続く中、なんとも皮肉な話ではあるがCO2の排出削減にとって、不況は“好都合”ということになるのだろうか?
 
 どのような形にせよ、二酸化炭素・CO2の排出が減少したことは歓迎すべきことだと私は思う。



Posted by 陽ちゃんat 15:51Comments(0)環境問題

獣被害急増!“野生の逆襲”!?

2010年10月22日

全国各地で人里にクマが出没。住居や施設の建物にも侵入、噛まれたり、襲われたりする被害が急増している。ここ高島でもクマの目撃情報や、防災無線により注意を呼びかける放送が頻繁に流されている。
一方、シカやイノシシ、サルなどのよる農作物の被害は昨年度222億円に上り、8道府県で過去最高を記録したが、今年はさらに増え、記録を大きく更新することは間違いないとのことだ。
「野生の逆襲」との見出しを掲げる新聞もあり、獣被害は深刻な社会問題になりつつある。

人里へのクマの出没や、シカやイノシシなどの獣被害の急増の原因は何なのか?なぜ、山や森から、ケモノにとっても危険な人里に下りてくるのか?
答えは明らかで、ズバリ、山や森には餌がないからだ。
クマの場合、餌であるブナ科のナラなどの広葉樹にできるどんぐりなどの木の実が減少したことが原因とされている。クマの餌になる木の実についての調査・研究が始まったのは2005年以降で、今年は記録的な猛暑によって、ブナなど樹木が疲弊し、ほとんど実をつけなかったという。統計を取り始めた年を100とすると今年は75%も減少したとのことだ。

クマが飢えを凌ぐために、餌を求めて人里に下りてきたということになる。けっして人を襲うために人里にやってきているのではない。クマにとって人間は、むしろ、鉄砲を持った恐ろしい存在であるはずだ。
確かに、人間にとってクマは恐ろしい猛獣であり、山の中で運悪くクマに出くわすと襲われ、大怪我を負うか、場合によっては命を落とすこともある。ましてや、人里にやって来て、子供が襲われたというような事態にでもなれば大事だ。だからそうなる前に、駆除するしかない、ということになっているのだが、しかし、山からクマが人里に下りてくる“真の原因”を作ったのはわたしたち人間ではないのか、とわたしは思う。(獣害問題は、根本的には、人間が招いてしまった環境問題であるとの認識をしている。)

幸か不幸か、クマやその他、シカやイノシシなど“ケモノ”の駆除は進んでいない。その原因は、銃規制の強化と猟師そのものが減少しているからとのことで、「猟師では食べていけない」というのがその主たる理由とのことだ。なんとも皮肉な話で、新聞の見出しではないが、“野生の逆襲”は今まだ始まったばかりなのに・・・・。複雑で何ともやりきれない話である。



Posted by 陽ちゃんat 00:32Comments(0)環境問題

科学シミュレーション・「人類が消えた地球」を考える

2010年10月10日

もし、人類が地球上から消えたとしたら、地球はどんなふうに変化するでしょうか?
環境に負荷をかけ続けてきた人間がいなくなったら、地球はどのように変化するのでしょうか?
どのように消えるかは問題ではありません。
人類とは、地球にとってどんな存在なのか?いなくなれば環境はどんなふうに変化するのか?が問題なのです。

現在、地球上には70億人の人間がおり、その半数が都市で暮らしている。
5億台の車が世界中で走り、人類は自然を支配し、大気と海、そして、陸と地中を変化させてきた。

人間が消えた瞬間から世界は変化し始める。
人体は100ワットほどの熱を出している。100万人の都市では人間がいなくなった瞬間から1度気温が下がる。
世界中で5万ケ所に発電所があり、人類が消えて1時間後には、火力・水力発電所で自動制御が働き、電気の送電を中止させ始める。6時間後には原子力発電所も送電を停止する。
電気の供給が止まると、人間社会はすべての機能を停止する。自家発電システムも、車も、上空を飛行中の航空機も燃料が尽きたとき、その動きを停止する。
人類が消えて3日後には、すべての機械が停止する。人工的な喧騒や人間がつくりだした灯りのすべてが消え、闇と静寂の自然本来の姿に変わる。

現在社会を支えてきた、さまざまな化学物質が解き放たれ、有毒な化学物質が漏れ出し、世界中を汚染し始める。
原子力発電所の使用済み核燃料の貯蔵庫では、自家発電機が冷却装置を作動させてきたが、ディーゼルエンジンの燃料が尽きたとき冷却装置は停止し、数日後には、すべての冷却水が蒸発、世界中の貯蔵庫で大規模な火災が発生し、大量の放射性物質が大気中に放出される。

その時、人間以外の生きものたちはどうなってしまうのか?人間が飼ってきたペットの犬や猫、動物園のゾウやライオン、サルやラクダは、自由を得られなかった動物たちは家の中や檻の中で死んでしまうでしょう。牛や豚、鶏などの人間が牧畜・畜産で飼育されてきた動物は、自分で餌と水を確保できなければ、数日で死んでしまうでしょう。また、流れ込んできた有毒ガスや放射性物質などのさまざまな化学物質や、落雷による森林火災によって多くの動物が死に、多くの枯れてしまう植物が出てくるでしょう。しかし、大空を移動できる多くの鳥たちや、陸上を移動できる大型動物の多くは、逞しく生き残るだけでなく、新天地で繁殖を始める。野生化した、犬や猫も生き延びるために狩りを始めるだろう。広大な牧草地に放し飼いされた牛たちも、野生の多くの動物とともに大地を駆け巡る。

コンクリートとアスファルトで固められた都市は、人間がいなくなった瞬間から、自然は徐々に蘇りはじめる。
3年後には、アスファルトの隙間から最初に苔類が進出しはじめ、そして草が生え出し、風に運ばれてきたさまざまな植物の種子が大地に根を張り、逞しく成長をはじめる。
15年後には、人間が消える前まで、人間が作り出した車から1ℓ当たり2.5㎏の二酸化炭素をはじめ、化石燃料を燃やす火力発電所などから毎年135億トンもの温室効果ガスが排出され、温暖化を招いたが、その二酸化炭素も繁殖した植物が吸収し、人間が支配してきた自然は本来の姿を取り戻しはじめる。

そして、30年後には、自然は人間が奪っていたほとんどのものを取り戻す。
海でも、植物性プランクトンや甲冑類が光合成によって大気中の二酸化炭素を吸収、その死骸が海底に沈み二酸化炭素を閉じ込めていく。
100年後、鉄とコンクリートの高層ビルは世界中で倒壊、アスファルトジャングルは元の森林ジャングルに姿を変る。
120年後には、人間活動によって排出されてきた温室効果ガスのすべてが森や海に吸収され、温暖化は完全に止まる。
人間が消えて200年後には、年間何億トンもの海の生きものを乱獲し、甚大な影響を与えてきた海へのダメージは完全に消え、海に生息する生きものは以前よりも大型化し、海の生物多様性は完全に蘇る。

人間は、1万年をかけて自分たちの欲求を自然に押しつけ、破壊し続けてきた。
しかし、自然は、たった25年で、放射性物質のほとんどを処理、地中に埋め多くの動物の命を救い、100年で地球上の混乱にケリをつけ、120年で温暖化を止めてしまったのです。

地球は人類なしでも存在するが、人類は地球なしでは存在しえないのです。

地球46億年の歴史から見れば、人類が築き上げた文明などほんの一瞬に過ぎないし、人類以外の生物種が創造した地球生命圏の所産から見れば、人類の存在など取るに足らないちっぽけなものなのです。

今後地球は、自然選択により緩やかに氷河期に向かいますが、氷河期を迎えた2万5000年後の地球上には、かつて高度な知能と文明を持った人類が存在していたいかなる痕跡も残されていないでしょう。

この科学シミュレーションから、人類はいまそのことをしっかり自覚するときではないでしょうか。



Posted by 陽ちゃんat 09:01Comments(0)環境問題